正しさよりも楽しさを

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book marks MAGAZINEのメインコンテンツ『“あの人”のおすすめ本』第5弾。
第5弾は、内閣府 地方創生推進事務局に所属し、地方創生人材支援制度を発案した井上 貴至さんにおすすめ本をインタビューしました。まずは井上さんのプロフィールからご紹介します。

氏名 :井上 貴至
◯所属名:内閣府 地方創生推進事務局
◯役職 :参事官補佐
◯経歴 :1985年大阪生まれ。2008年総務省入省。15年4月から自ら提案した地方創生人材支援制度の1号で鹿児島県長島町に赴任。7月から副町長(29歳は史上最年少)。ぶり奨学金など官民連携の取組が注目を集める。17年4月からは愛媛県市町振興課長。19年4月から現職。週末は地域の隠れたヒーローを訪ね歩く。座右の銘は「ミツバチが花粉を運ぶように全国の人をつなげたい」。朝の異業種交流会「地域力おっはークラブ」を主宰。ブログ「地域づくりは楽しい」が好評。共著に「ソーシャルパワーの時代」(産学社)。

◯twitter :@Inoue_Takashi_


自分にしかできない仕事をしたいと考えたときに行き着いたのが、現場に飛び出すということでした。

—井上さんのこれまでの経歴を教えてください。

井上さん 2008年に総務省に入省し、愛知県の市町村課に赴任しました。その後、2009年の夏に総務省に戻り、総務省の政治資金関連の仕事に携わり、2011年4月から地方分権に行き、2013年から北朝鮮の拉致問題に関して国会や報道対応をして、2015年に鹿児島長島町にて2年間勤務しました。2017年より愛媛県に2年間行って、現在は総務省から出向して内閣府の地方創生推進事務局で活動しています。


—ありがとうございます。現在はどういう活動をされているのでしょうか?

井上さ 国家戦略特区でスーパーシティやドローン、自動運転や教育、公務員制度や電波等、当時の法律では想定していないことがたくさんあるので、そういったニーズを汲み上げて関係省庁と相談しながら、今の時代にマッチした新しい仕組みを作っていっています。
また週末には個人的な活動としてよく地方に行っています。地方で活動している人は地元(ホームグラウンド)が1番輝く場所ですので、ご縁をいただいたら極力現場に伺って同じ目線で、同じ作業の体験をしたり、色んな話を聞いたりしてますね。人とお会いしたり街に出たり、出会った人同士をつなげることが大好きで、地域のミツバチになって、新しい花を咲かせるんだと10年くらい言い続けています。
他には起業家の方の相談に乗ったり、知恵やアイデアを出したり、仲間を紹介したりと、一緒にプロジェクトを進めていったりしていますね。東京大学を卒業しているのですが、当時ゼミの先生に『君ら東大生は何も知らないんだからとにかく現場に行きなさい』と言われていました。その教え通りに行動していたらいつの間に現場に行くのにハマって好きになっていました(笑)
霞ヶ関の中では、緻密に、精緻に法律案を作ることができる優秀な先輩や後輩も山ほどいて、みんなと同じフィールドで勝負しても仕方ないと思い、自分にしかできない仕事をしたいと考えたときに行き着いたのが、現場に飛び出すということでした。


—幅広い活動をされていますね。総務省に入ろうと思ったきっかけはありますか?

井上さん やっぱり面白い先輩が多かったことですかね。
総務省は地方行政・地方自治を中心にやっているのですが、東京で制度を作るだけじゃなくて、都道府県や市町村で若くして管理職を任せてもらったり、責任のある立場を任せてもらう中で、成長する機会をたくさんいただいています。
霞ヶ関にずっといると息が詰まってしんどくなりますが、2〜3年すると地方に行き、全速力で生きてきました。短距離走を常に繰り返しているような感覚です。地方にいたときに、趣味で釣りにハマる人やそば打ちにハマる人、山登りにハマる人とか色んな人がいて、そういう方と出会えるのはすごく面白いと思います。


—個人的に楽しかったプロジェクトを教えてください。

井上さん 鹿児島長島町という小さな町で、新しいことをどんどんやってほしいと言われ、官と民を繋げる役目として、阪急交通社と組ませてもらい地域と超密着した観光ツアーを作ったり、地域活性化プランコンテストで、プランだけでなく実働までやったりと印象深いプロジェクトは色々ありますね。


—ありがとうございます。正直、総務省の方はとても堅いイメージを持ってましたけど、井上さんはすごく起業家に近いイメージです。

井上さん 自分にできることとやりたいことを少しずつやっていき、だんだんやれることが大きくなってきた印象です。楽しいことをやっているから継続することができたと思います。
警察庁や財務省は、組織の中に両足をしっかり入れてやってますが、総務省は片足は組織の中にいながら、片足は自由に動けるイメージですね。自由に伸び伸びと仕事をさせてもらってます。
起業家ほど責任が重いわけでないが、頑張っている人を応援していくことが僕の役割だと思ってます。
制度だけではなく起業しやすい環境を整えることもしていきたいと考えています。
鹿児島長島町はぶり養殖日本一の町なんですが、その時は主婦の方が魚介類を活用し起業するということで、応援させてもらっていました。
僕は今年35歳になるのですが、特に若い人たちの思いを聞くと僕自身が元気をもらうことが多いので、サポートしていくことが僕の使命だと思っています。また住民の方々のやりたいことも実現させるためにアイデアを出したり、人脈をつなげることをこれからもずっとやっていきたいです。
1日1ミリでも1ミクロンでも社会を良くしたいと思いますし、できることから少しづつやっていきたいです。


“正しいよりも楽しい”が大事だと僕は思ってます。

—ありがとうございます。それでは井上さんの人生に影響を与えた本を教えてください。

井上さん はい。渋川社長が前回2冊紹介されていたので、僕も2冊用意しました(笑)
まず1冊目に紹介したい本が、御手洗 瑞子(著)『ブータン、これでいいのだ』という本です。
著者の御手洗さんは大学1年生の時からゼミの同級生で、2012年、僕が26歳の時にこの本を読みました。
今でこそ友人の本がたくさん世の中に出てますが、26歳の時に同級生が書いている本が発売されたことですごく新鮮な気持ちになりました。中身も含めてこの本はすごく印象に残っていて、今回の取材前に読み返しましたが、また新しい発見もあり非常に良本です。


—同級生の本とかすごく気になりますよね。おすすめのポイントはどこですか?

井上さん 御手洗さん自身が実際にブータンで暮らして働いて、その中でいろんなことを考えているんですね。僕らが大学生の時に所属していたゼミは多面的・多様的に考えることを重視していて、それが凝縮された本です。
例えばブータンの人って1週間先の予定を入れないんですよ(笑)基本的に今日とか明日の覚えられる範囲じゃないと予定を入れないんです。最初それは今の時代に合わないと言われていましたが、よくよく考えたらその時その時の一番大事なことを選んでやっているんだっていうことが分かってきます。きっと国民性なんでしょうね。時計と携帯電話はもちろんブータンにもあるんですが、あんまり時間の概念がなくて、例えば牛の乳を2回搾った時間とか、夕日が沈むまでの時間とか、生活に根付いた時間感覚はあるんですけど、時計の感覚はないんですよね。
ブータンの長官が最近ワーカホリックだって言いながらも、実は仕事は19時半とかに終わっていて、週末とかはみんなでサッカーとかしてるんですけど、それでいてめちゃくちゃ仕事のパフォーマンスを出したりしてるんです。そういったことを同級生が実際に現場にいって体験したことを26歳で本に出しているのが本当に衝撃的でした。自分にはどうにもできないことや、突然予定が変更してしまうこと、いろんな予期せぬことがあっても、ある意味受け入れていくっていうことが幸せにつながっていってる。


—興味深いお話ですね。それだけ聞くとブータンの人は皆さん穏やかな感じがしますね。

井上さん 普段穏やかなんですけど、実は結構プライドが高かったりするんですよ。失敗を指摘するとめちゃくちゃ怒ったり、逆ギレするらしいです(笑)
説得するときに自分が失敗した話や、他の人の失敗を例に出しつつ相手のことを指摘すると納得する方が多いとのことで、僕自身、ここを読み返した時に明日から改めて実践しようと思ったポイントです。



—伝え方で受け取り方は変わるんですね。この本をどのようなビシネスパーソンに勧めたいですか?

井上さん これからダイバーシティやインクルージョンがSDGsの観点だけでなく、成長の鍵だと思っています。ブータンの人たちみたいに先のことを考えすぎずに今をしっかりと生きていくっていう考え方もあると思います。自分が正しいんだと思うことを最近僕は怖いと思っていて、どうしてもリーダーシップの観点だと正しさが重視されちゃうと思うんですけど、”正しいよりも楽しい”が大事だと僕は思ってます。

リーダーやマネジメントをしている方が、相手の立場や背景を考えるときに、この本を読まれるのが良いと思います。


僕の中でのロールモデルとして山田さんの姿がずっと浮かびます。

—ありがとうございます。それでは2冊目の紹介をお願いします。

井上さん はい。2冊目は山田 朝夫(著)『流しの公務員の冒険霞が関から現場への旅』という本です。
山田さんは自治省にいたのは3年くらいで、ずっと市町村を回っている伝説の方なんです。
僕が1年目に愛知県へ行った時に、山田さんは当時安城市の副市長をしていて、すごく可愛がってもらいました。
いくら自治省や総務省が地方転勤が多いといっても、普通は霞ヶ関と地方に行ったり来たりするんですね。当然国の仕事もあって、地方の仕事もやってどんどんキャリアステップをしていくんですけど、山田さんは大分県に行かれた時に大分の環境計画を作るだけでなく、町役場から実行を求められて、当時キャリア官僚で初めて町役場に一般職として従事するんです。大学生と一緒に街づくりをしたり、公民館をみんなで立てたりとか、そこで今度は大分県の別の市に呼ばれて、さらに愛知県の安城の副市長をされたんです。
愛知県でも評判が良く、常滑市の副市長もされて、常滑市民病院を立て直していくんです。正直ものすごく僕は山田さんの影響を受けています。実際に山田さんにいろいろな人を紹介していただいたり、節目節目で山田さんに相談にのってもらっています。僕自身、地方創生人材支援制度という小さな市町村に官僚や企業の人を送る制度を立ち上げさせてもらったのですが、僕の中でのロールモデルとして山田さんの姿がありました。


—山田さんの影響を受けて今の井上さんはあるんですね。地方創生人材制度とはどのような制度でしょうか?

井上さん 東日本大震災でいてもたってもいられなくなり、石巻や岩手の遠野に毎週末被災地にいって、物資の仕分けだったりとか、被災後の清掃だったりとかをしていました。仕事柄、行政のことも気になるし色々相談もいただいていたんですね。そうする中で被災地の市町村で、官と民をつなぐ役目はすごく大事だなと感じました。
ただ過疎化高齢しているところは被災地だけではなく、全国いろいろなところにもあります。小さな市町村こそ霞ヶ関や民間企業の人材が必要と強く思い提案しました。僕も28年振りに自治省・総務省から、一般職として鹿児島長島町にいきました。


—ありがとうございます。本書のおすすめのポイントを教えてください。

井上さん この本は2016年に出版されたのですが、山田さん本人にいただきました。
1番印象に残っているのは、あなたの仕事はなんですか?と聞かれた際、「私の仕事は事に仕えることで、人に仕えることじゃない。自分の仕事を作ること。私の仕事は山田朝夫です」と強い思いで書かれていたシーンです。そう答えられるように僕自身もなりたいと感じ、そういう生き方に憧れています。

他にはイエローハットの創業者、鍵山さんから「あなたの仕事は銀行の支店長に似ていますね。支店長は数年で異動していきます。どんな支店長が良い支店長だと思いますか?」と質問されるシーンがあります。山田さんは、「支店の業績を上げている人が、良い支店長ではないでしょうか。」と答えると、鍵山さんから「普通はそう考えます。でも、私は違うと思うのです。その人がいなくなってからその支店が良くなる。そういう人が、本当の良い支店長なのですよ。」と返されます。花を咲かせるのは簡単で、根を育てることが大事だと言われていて感銘を受けました。


—すごく深いお話です。この本をどういったビジネスパーソンに勧めたいですか?

井上さん 人間やっぱり我が出て自分自分になってしまいがちですけど、それだと限界があるなって思っています。仲間をどう作っていくかが非常に重要だと思います。
山田さんが市民病院を立て直す時も、独特の穏やかな口調で「婦長さんこの立て直しがうまくいったらきっとドラマ化されます。そしたらあなた役は黒木瞳です」とか相手がイメージしやすいように楽しく伝えていくシーンがあります。病院には色々な職種の人がいますが、チームとしてうまく纏めていくというのは単に正しいだけではなく、楽しいことをやったりすることが重要だと思います。あとは山田さんは当時副市長でしたので、副市長室を病院の中に持ってきて、コミュニケーションを円滑にしたりもしていました。とにかく現場に寄り添って仲間作りが本当に上手い人でした。そういった悩みを持った人に読んでもらいたいですね。




—ありがとうございます。最後に井上さんの将来の夢を教えてください。

井上さん 人口1万人の町で従事したので、今後は10万人、20万人の町で新しいアイデアだったり、地元の人たちだけではなかなかうまくいかなかった課題を、外からのアイデアや技術、テクノロジーで解決していくようなモデルを作っていきたいです。



最後に

第5弾は、内閣府 地方創生推進事務局の参事官補佐として活動する井上 貴至さんにお話を伺いました。
正直、総務省の方は『堅い』というイメージをずっと持っていましたが、お話をお伺いするほど、社会が良くなるために”新しいこと”や”自身が楽しいこと”をとにかく行動されていて、起業家みたいな方だなと感じました。特に正しいことよりも楽しいことが重要という言葉には非常に感銘し、私自身も一つの判断基準として持っていきたいなと思います。今回ご紹介いただいた2冊は特にリーダーの方々が読むことで、新しい価値観を持つことができるのではないでしょうか。是非お手によりお読みいただければと思います。

井上貴至さんとbookmarks運営にて